12歳の時に父を亡くした。
それ以来、自分は母と弟と祖母の4人暮らしで、
父のいない寂しさは少しあったけれど、
よく喋る血筋のせいで、それはそれは賑やかで
おもしろ可笑しい漫才のような家庭で育った。
家計は母が一人で支えていた。

高校1年。家出先の大阪から、実家に電話すると、
家出の理由は聞かず、
「お金が無くなる前に帰ってきぃよ。
 高校には風邪ひいて休むって連絡しちゅうき。」
とだけ言った母。

高2の春。高知の名門高校を中退して単身で
上京した自分のせいで、親戚からの批判を
一人で黙って受けていた母。

東京の高校卒業の春。結局大学には進学しない事を
決めた放蕩息子のせいで「円形脱毛症」になった母。

放蕩息子が東京で遊び惚けてた頃、
息子には内緒で子宮筋腫の手術で入院していた母。

放蕩息子の結婚式で久々に上京し、大勢の来賓の前で、
自分の事のように嬉しそうに挨拶をしていた母。

母の店の40周年記念パーティーの席で、
またもや息子にまで内緒にしていた「甲状腺癌」を
公表し、翌月手術を受けた母。

翌年、「甲状腺癌」が再発し、2回目の手術を受けた母。

祖母(母の母)の棺に、実家の桜をひと枝置いた母。

息子の離婚。
元嫁に「本当にごめんなさいね。」と、寂しそうに
何度も何度も謝っていた母。

henssimoのCDを「にこやかな押し売り」よろしく、
高知で売り歩く母。

法に触れる事以外、親不孝の全てを味あわせてきた
母親に、母の日の今日、この歳になっても贈り物の
ひとつも出来ないので、せめて電話だけでもと思い、
高知の実家に電話をした。

留守だった。きっとパチンコに違いない。
_______元気だったらそれでいい。

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