終わりと始まり

ティオマン島でのボクは、それはそれは規則正しい生活なのだよ。

どんなに前の晩が遅かろうと、必ず朝9時には目を覚ます。
そしてまずポットで湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れ、
それらとタバコや灰皿、それとマレー語の辞書と会話本を
テラスまで持って行きテーブルに並べた後、テラスの椅子に腰掛け、
午前11時過ぎぐらいまでマレー語の勉強をしたり、
ふと思いついた「言葉」をメモ用紙に書いたりする。

正午近くになると、テラスのテーブルに置いてあったそれらの
荷物を部屋の中に仕舞い、部屋着からTシャツと短パンに着替え、
釣り竿を片手に遊歩道を桟橋へと向かう。

桟橋を一旦通り過ぎ、さらに歩いて、この時期この島で
唯一開いているレストランに着く頃がちょうど午後12時過ぎ。
そこでナシ・ゴレン(焼き飯:4RM=約120円)と
コピ・オー・アイス(ミルク無しアイスコーヒー:2RM=約60円)の
昼食を済ませ、再び来た道を桟橋へと戻る。
そして夕方5時くらいまで、桟橋に集まる地元の釣り師や
桟橋から資材を運ぶ職人たちと他愛も無い話をしながら釣りをする。

夕方5時過ぎ。傾けどまだまだ沈みそうも無い夕日があたる
その桟橋を後にして、一旦バンガローに戻りシャワーを浴び、
夜着に着替えた後、再びテラスの椅子にもたれて、
バンガローの周りで遊ぶ島の子供達のはしゃぎ声と波の音を
聞きながら、本を読んだり歌詞を書いたり。

夜7時過ぎ。空がようやく夕闇色を見せ始め、
子供達の遊ぶ声も少しずつ消えてゆく頃、再びテラスを片付けて、
桟橋を右手に見ながら遊歩道をレストランへと向かう。
店に着き、注文した料理が運ばれてくる頃には、
夕日はまさに椰子の木越しのその海に沈もうとしていて、
その美しさやどことなく物悲しい感じを誰かに伝えたくても、
悲しいかな一人旅。当然のように一人のテーブルで、
周囲の外国人ツーリストの会話をBGMに、
美しいサンセットを眺めながら黙々と食事をする。
食後のアイスコーヒーとタバコを十分楽しみ、店を出る頃には、
辺りはもう暗く、オオコウモリが飛び交う遊歩道を歩いて帰る。

帰り道、自分の宿泊するバンガローの手前にある
『星降るバー』に立ち寄り、
「オマエ実はモスリム教徒なんじゃねーの?(笑)」などと、
酒を口にしないボクをからかう店員から手渡された
ノンアルコール飲料(2RM=約60円)をチビリチビリと飲みながら、
午前11過ぎまで、ギター片手に歌を唄ったり、お喋りしたり。

そんな緩いながらも規則正しい生活も今夜が最後。
明日にはこの島を出なくてはならない。
何故かって?
話は少し前後するけれど、昨日、左足のくるぶし付近に
水泡が出来てしまい痒いったらありゃしないのだよ。
「ありゃりゃ、また変な虫に刺されたか・・・。」
前回、前々回の旅と同様の症状に、慣れっこと言えば慣れっこな
わけだけれども、1日でも早く病院に行く方が治りが早い事も
重々承知なので、明日一旦メルシンまで船で戻り、
病院に行く事を決意。

こうしてティオマン島滞在は、島を離れるきっかけはともかく、
日程通りに終えたのだけれど、
それは、これから先約1ヶ月間も続く長い「病院通いながら旅」
始まりに過ぎなかったのだよ_________________。