新宿二丁目「姫」

新宿2丁目「姫」。
故・はらたいら氏に初めて連れられて行ってから26年前からずっと、
ボクの逃げ場所だった所。
猥雑な2丁目のネオンの下を丸めた背中でかいくぐり、
そのドアを開け、急な階段を上ると、いつもそこに優しい笑顔があった。
その笑顔についつい甘え、この数年は特に入り浸ってしまった場所。

自分の東京の親代わりであるマスターを始め、
マスターを通じて知り合ったたくさんの先輩方に、
「不出来な息子(ガキ)」として多いに可愛がってもらった場所。
自分にとって此処は夜の学舎だった。

「姫」のマスターとして43年という長いステージを全うするはずだった今夜。
途中、マスターの体調が急変し、代わりにカウンターの中に入った自分に、
マスターほどの働きが到底出来るはずもなく、閉店予定時間の1時間半も
前での慌てての幕引きに、自分はやはり最後まで不出来な息子(ガキ)
だった事を痛感する。

名残惜し気に階段を下りて行く常連さん達を見送った後、
幾分気力を取り戻したマスターと一緒に後片付けをした。
洗ったグラスを丁寧に拭き、ひとつひとつ棚に戻し、
いつものようにカウンターを拭き、ゴミ出しを終える。
マスターのその一連の作業がいつもと同じ過ぎて、
また来週も店に来てしまいそうな感覚になってしまったのだけれど、
最後に、もう二度と明かりの灯らない店の看板を消して、
店のドアの鍵を閉めるマスターの小っちゃくなった背中を見て、
ああやっぱり今夜が最後なんだと思い知らされた、
新宿2丁目「姫」最後の夜__________________。