いつもの笑みで
アナタの顔に自分の顔を近づける、精進落としの意味も
解らぬ無学なボクの、前日食べた「ニンニク」の匂いで、
アナタの眉間に皺が寄るのを心の何処かで多少は期待して
いたのだけれど、石っころを幾ら投げても波立たぬ、
穏やかな日の凪の海のようなその表情に、改めて寂しさを
奥歯で噛みしめるボクと自分自身の亡骸を、
アナタは祭壇の少し斜め上から、いつもの笑みで眺めている。
店が暇な時にいつも読んでいた小説の文庫本を片手に。
「とりあえずお通夜は無事終わりましたね。
みんな上で飲んでますよ。Y子さんは相変わらず忙しそうですけど。」
「知ってるよ。それよりさぁ、○○さんに連絡してくれた?
来てくれてないんだけど。」
「Y子さんと二人で、してはみたんだけど連絡がつかないんですよ。
ま、そのうち誰かから伝わるんじゃないですか?」
「"そのうち"じゃあダメなのよ。Y子といいアンタといい、
ホント大雑把なんだから。よくやってられるねぇ。」
「そんな事言うなら、自分で知らせに行けばいいじゃないですか。
フットワーク軽くなったでしょ? 虫の知らせってヤツですよ。」
「アンタ、いくらフットワーク軽くなっても相手が気づかなきゃ
意味ないでしょ。それにさ、こんなに寒いんじゃ虫一匹も出やしないよ?」
「一匹だけいますよ。寒い日にも丈夫なヤツが。ゴキブリ。」
「へぇ〜、アンタ、ボクをゴキブリにする気? それにゴキブリだったら、
知らせる前に見つけられて殺されちゃうから意味無いでしょ。」
「あーはいはい。じゃあ蝶が飛ぶ季節まで待ちましょ。」
「春まで待てってか? ホント、悠長ねぇ。」
「どうせだったら鳴く虫にすりゃあ良いんじゃないですか?
秋の虫の中に"カマカマカマカマ"って鳴く虫いなかったっけ?」
「アンタね、ホント化けて出るよ(笑)。」
「出られるもんならどーぞ。」
再び上の階のみんなの様子を見に行ったのか、そこからアナタの
気配が消え、アナタの亡骸に再びニンニク臭い息を
吹きかけてみるボクしか居なくなった斎場に流れる曲。
ちあきなおみで「冬隣」________________。