木を見て森を見ず、いや敢えて木を見る日

「欲しい、でも、うーん。浪漫、でも、うーん・・・。」
と、衝動買いでは到底変えぬその価格の物が映るモニター
画面を前に、体を左右に揺らし続ける駄々っ子な水曜日。
そんな駄々っ子の気を逸らすために、『物欲』に対しての
子供と大人の違いというモノを考えてみた。

子供は後先考えずただただその物が欲しいというのに対し、
大人はいろいろな事を考えるもので、この物を使う事によって、
支払った代金以上のモノが自身に返ってくるかどうかだとか、
自分のような小心者は、果たして最終的に元が取れるかだとか、
人それぞれにその考え方は違えど、その欲求に対して第三者目線
というか大人目線というか、それっぽい『理由付け』をあれこれ探し、
時にそれは自分自身の背中を押してあげる為だったりもするし、
また反対に自身を我慢させる為だったりもする。

と、ここまで書いて、子供だったら話の退屈さに寝てしまうだろうけれど、
いい歳のそれも捻くれたオッサンの気を逸らせられるわけもないので、
ねぇねぇ神様神様、明日辺り目が覚めたら何処かの大金持ちの
ご老人がやって来て、
「実はかくかくしかじかで・・・。私が死んだら全財産をキミに。」
とはならんもんかね? ま、たとえ仮にそんな事が起こったとしても、
「とりあえず"今"40万円ほどくれればそれで満足です、はい。」と、
言ってしまいそうなくらいに、今はそれが欲しいのぢゃ_______。