爪はこまめに切りませう

週末に押し寄せて来た観光客が一斉に帰った昼過ぎ。ボート屋も暇になったので、仲間と手漕ぎ用のボートぐらいの小さなボートに乗って沖合でイカ釣りをしてたのだよ。ボクが帆先に立ったままの状態で仲間がボートを急発進させたもんだから、かろうじて海には堕ちなかったものの、右足を滑らせた先に運悪くボートの排水口があって、そこの縁に思いっきり右足の親指をぶつけたのだよ。

親指の爪がね、前から半分がね、こうペロンと、まるでipadのカバーのように見事に裏返って其所から血がジワーッと出てきたのと、その激痛に、敵に捕まったスパイの拷問シーンを思い出したのも束の間、慌ててそのめくれた爪半分を元に戻し手でギュッと足の親指を挟み続けながら、もう片方の手で海水を汲み、止まらぬ血を洗い流し続けたのだよ。申し訳なさそうな顔でこちらの心配をする、ボクよりはるか歳下の仲間の彼を仮に責めたとて、この痛みが消えるわけでも、剥がれた爪が元に戻るわけでもあるまいし、激痛を奥歯で噛み締めながら出来る限りの笑顔を浮かべて答える。「んー、やっちまったなぁハハハ。一旦浜に帰ろうか。」
他の船も走っていないとても静かな昼下がりのその海原を、足の親指を押さえつけたままの、なんとも間抜けなポーズのボクを乗せたボートだけが浜辺に向けて軌跡を描く日曜日_____。