34年という月日

玉砂利を敷き詰め綺麗に整地された墓が段々畑のように並ぶ小山の中腹。
父の墓の周囲だけに雑草が生い茂っている。今年の夏の暑さでは家族の誰もが掃除に来られなかったのもそれはそれで解るけれど、このまま秋の彼岸まで放置しておくのも家族の長男からしてみれば心苦しいし、父に化けて出られても困る。ま、幽霊の存在証明うんぬんはこの際おいておいて、先祖の遺骨の埋葬場所を掃除し、手を合わせる時間こそが、真剣な自分の思いを再確認出来る時間だとすればそれはそれで墓も必要であるか、と、墓不要論者の自分も思ったりもする。


さて、時刻は朝6時半。とっくに昇ったであろう太陽が、未だ山陰にあるこの場所を照らし始める前に掃除を終わらさねば、とんでもなく暑い陽射しに攻められる羽目になる。台風の影響で昨日より多い雨雲が我々家族に加勢してくれると思いきや、湿った空気を存分に運んで来たせいで、早朝だというのに蒸し暑いだけでなく、今にも雨を降らせそうでそれはそれで心配である。
とにもかくにも腰の辺りまで生い茂った雑草も含め、根から引き抜ける物は軍手で掴み土から引き抜き、それ以外の物は鎌で切り、引き抜かれ切られした雑草たちを未購入の敷地にぶん投げる、その動作をひたすら繰り返す。

34年前にこの墓ができたばかりの頃、母が植えて、それだけは引き抜くなと長年言われ続けた水仙もお構い無しに雑草と共に引き抜く。自分の傍で草抜きをしている母もほら、文句すら言わない。この蒸し暑さの中では文句も言えないくらいに彼女も十分に老いた。
墓掃除とお参りを済ませ、亡き旦那の墓を背にそろりそろりと坂道を下る母の背中に、彼女のせいで居場所を奪われたカマキリが細やかな抵抗のポーズをみせる夏の終わり______。