変に賢くなる前に

henssimoを結成するちょっと前、愛車のバイクを泣く泣く手放した金で買った中古のMacがボクのパソコン人生の始まり。しかし、Macと併せて買った音楽製作ソフトを弄るよりも、「消しゴムのカスが出ない」というそれまでアナログ人間だった者には余りにも衝撃的なそれに喜びを見いだしてしまい、某イラスト制作ソフトばかりを弄り始めた。ガイドブックも買わず、ただただソフトの中のいろんな道具を試しては消し試しては消しの繰り返し。消しゴムのカスが出ないのだ。まるで磁石と砂鉄で出来たお絵かきボードを与えられた幼児の如く、グリグリ画いてはダーッと消す意味もない事を喜々として何度も何度も繰り返した。

そのうちに当然、何か具体的に画いてみようという欲求が湧いてきて、当時、トレース(下に敷いた画を上からなぞる)という技術はおろか、スキャナーの扱いも知らず、ましてやペン・タブレットという言葉さえも知らなかったボクは、傍に置いてあった『魚類図鑑』のあるページを開き、それをキーボードの横に置いたままマウスによる写生を慣れぬ手つきでソロリソロリとし、その上に色を乗せてゆくのだけれど、所詮は初心者、そんなにすんなり画けるはずもなく、途中で嫌気が差してはそれら全てをダーッと消し、また最初からという不毛な作業を何度も繰り返すうちにコツが掴め始め、それからはただただ魚の一部分だけを画いては、所定の場所に貼り付け、周囲の色に合わせてゆくという、特に魚のヒレの部分は半透明なのだけれど、当然『透明度の調整』なんぞ知らなかったボクは、それはそれは細かくその一部一部に色をつけては、今とは比べ物にならないくらい処理能力が遅かったパソコンがえっちらおっちらと処理をする間は身体を左右に揺らしながら処理が終わるのを待ち、再びパーツを乗せてゆくという気が遠くなるような作業を続け、魚の鱗の一枚一枚に関しても同じく時間も忘れて没頭した末に出来た画(縮小サイズ)がこちら。

出来上がってみたら何の事はない。個性のカケラも無いただの『絵』である。そりゃそうだ、横に置いてあった図鑑を見ながら画いた"写生"なのだから。ただ、「消しゴムのカスが出ない喜び」という端から見ればなんともくだらぬ切っ掛けだけで惜しみない情熱と時間を注いだ証拠として、気力も体力も下降気味なお年頃に加え、あの頃より少しだけ賢くなってしまった最近の自身を省みる為に、その時々で見返す一枚でもある。この一見くだらぬ情熱が後にhenssimoのアルバムの異常なほどに拘ったミックスダウンに繋がってゆくのだけれども、それはそれこれはこれ。

その数ヶ月後には、『鯛』も写生しているのだけれど、パス(作業線)を画いている最中、アロワナよりも遙かに多いその鱗の数に「もう2度と魚なんか写生するもんか!!」と心底思ったのを覚えている。トレースを始めその他の技術を身につけた今でも、もう一度画けと言われたら喰い気味で「NO!」だ。
↓パス(作業線)を表示した状態


何はともあれ、情熱は大切だと云ふ事。
たとえ端から見たそれが一見何の役にも立たぬモノであったとしても___。