どちらも当たり前の事だと思うのですよ

ここ数日間は突然頼まれた仕事で、1日20時間労働をも厭わない自発的ブラック企業と化しフル回転して、オリンピックも夏の全国高校野球も見ない日が続いておりました。

さて、今日は終戦記念日。
平和が一番なのは当然の事なのですけれど、ボクがずっと心に思うのは、自分の生まれ育った国で当たり前のように国旗を掲げ、その国旗が風雨にさらされボロボロに朽ちてゆこうとそれはそれでやっぱり当たり前のような、例えば商店街の街頭看板のような日常的な感覚を許さない、昔から何処かタブー視されているところがおかしいなと思うのですよ。「貴様、国旗を汚したな馬鹿野郎!」的な過剰反応もこれまたおかしいのですけれど。

ボクが行った諸外国では日常的に国旗が町のあちこちにある事、それが当たり前で、別に其処に過度な誇りや負の感情といったような特別な思いもなく、ただただ「ああ、あるね。それが何か?」と意識もしていない。ただ、その国の国民としての誇りは、風雨にさらされ朽ちてゆく片付けない国旗とは別の所でちゃんと持って生きている。きっとそれが普通なのだと思うのですよ。ボクが1年の内に2ヶ月は暮らすマレーシアのパンコール島なんぞ、旗の先がそれはそれはボロボロにシャギー状態になったモノや、1年に1回、樹木の枝を伐採する業者に邪魔臭そうにどけられる飾りっぱなしの国旗の方が断然多いわけで。

そんな当たり前の事を当たり前としてやり過ごせてこその平和であって欲しいものだなぁと、深夜料金が跳ね上がってゆくタクシーの後部座席、ヘトヘトに疲れ切った身体の首だけを窓側に傾けたまま、終電車が終わったばかりの真夜中のホームに煌々と灯る蛍光灯の灯りに映し出されるお堀をボンヤリ眺めながら思った終戦記念日___。