咳の続く4月

マレーシア・パンコール島での高熱騒動から早1ヶ月以上経ち、このまま更新しないでいると、「ツカサのやつ死んだらしいぜ。形見に値段の張るあのギターを貰いに行こうぜ。」などと、そんな噂を言いふらしそうなヤツがボクの知り合いに一人も居ないかと聞かれると自信が持てない。なので、このまま怠けていたいのだけれど取り敢えず報告を兼ねて更新しておくね。

時間を遡って、4月4日早朝。無事日本帰国。いや、全然無事ぢゃない。
3月6日の夜中に突然出始めた高熱は、前回の戯言を書いた後も数日続き、熱が下がった後も喘息並みの咳が止まらず、結局、日本に帰る飛行機の機内では、隣席の人になるべく迷惑をかけぬよう、普段した事のないマスクの下でキャンディーを舐め、咳止めを飲み、それでもゴホゴホと身体全体を鳴らしながらの帰国となったのだよ。

この咳に関しては帰国してすぐに病院に行き、ピーク時の『喘息並み』に比べだいぶ減ったとはいえ、未だゴホゴホと咳き込んでいて、「これぢゃあまるで結核に余命を削られてゆく幸薄い文学青年ぢゃーないか。」と、気弱になって垂れた頭の視線の先には、マレーシアで手術した脚の傷跡。はぁ〜そうね、これもあったのね、と手術痕を摩りながら改めて深いため息を落とす。

身体がこんな調子なので満足に唄う事も出来ず、頭の中だけで、来月のミニライブの候補曲を並べてみたり、そろそろあの曲をレコーディングしなければと、その段取りに焦ってみたり、先日決まったばかりの沖縄・伊平屋島の日程にう〜んと唸ってみたり、明後日から帰省する為に必要な荷物は何だったっけ?と思い浮かべたりしている最中、再び堰を切ったように出始めるそのゴホゴホに身体全体が揺れる度、頭の中で整理されかけたそれらがゴチャゴチャと再び散らかってゆく4月___。

日記