「それだけ」の理由

たいしたデザインがあるわけではない。
読んでくれない人だってたくさんいるといふのに、
ましてや、内容文とは全く関係のない
「サクラの花びら」を画くのに、
どれくらいの労力がかかろうと、
それを褒めてくれる人がいるわけでもない。
一見、無駄とも思えるけれど、
それでも止められない理由はただひとつ。
自分が読みたいから。_______それだけ。

曲作りの理由も同じで、
一番の理由は自分が聴きたいから。_それだけ。
詞=言葉は自分が伝えたいから。__それだけ。

「それだけ」の理由に突き動かされて、
人生までも、計画していたそれを大きく逸れて
しまい、身内を含めた多くの人に迷惑をかけ、
自分もその途中途中で傷やらなんやら、
お利口にしておけば味わう事もなかったであろう
それらを噛みしめる羽目になってしまったのだけれど。
だけれど、今はこーも思えるのだよ。

「生きる」という理由に、
そんなに多くの理由は必要なく、
自分に関して言えば、単純かもしれないけれど、
「好きだから」という、ただ「それだけ」の理由で、
今もこうして生きているのだよ。
「それだけ」の理由で、身内を含め、多くの人に
迷惑をかけてきているのも事実だけれど、
ソレはソレ、コレはコレ。
根がわがままに出来ているみたい。

ホントにたいしたデザインがあるわけでもない、
しばてん魂レヴュー当日パンフレットの作成から
生きる意味を考えてしまう、変な思考回路の自分が
ちょっとだけ好きだったり__________。

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