11年振りの村へ

晴れ。朝11時。
昨日メルシンの病院で「水泡」の薬も手に入れた事なので、
次なる目的地を求め、メルシン・バス・ターミナル(以下M・BT)へ。

次の目的地の「チェラティン村」へは、
11年前の記憶通りだと、ここからまず長距離バスで3時間かけ
クアンタンという比較的大きな町まで行き、
そこからローカルバスに乗り換えなければならないのだけれど、
M・BTにあるバス会社の端末コンピューターが壊れ、
予約・発券が出来ないらしく窓口は閉鎖状態。
しばらく窓口付近で途方に暮れる。
目的地を違う場所に変更するという手もあるのだけれど、
11年前に一度だけ行ったチェラティン村への郷愁が、
それを選択させないでいた。

「急ぐ旅でもないし、もしも今日乗れなきゃ明日でもいいや。」と、
気持ちを切り替えると、だいぶ気分も楽になったのだけれど、
すぐにホテルに舞い戻るのもなんとなくつまらない。
丁度窓口付近のベンチには、客待ちをしながら
時間を持て余しているタクシー運転手たちがいる。
マレー語マニアなボクがこれを黙って見逃すわけもなく、
すぐに仲良くなり、やれ日本のナシ・ゴレン(焼き飯)は600円はするだの、
日本のタクシーの初乗り運賃のバカ高さ等、日本とマレーシアの価格差の
話に花が咲き大盛り上がり。

「ところで、日本人のアンちゃん。
 今日はいったい何処へ行くつもりなんだい?」
そう聞いてくるタクシー運転手の一人に、事情を説明すると、
「あー。確かにここの窓口は今日はダメだ。でも、バスは確実に来るぜ。
 街中の窓口で発券してるだろうしな。」という答えが返ってきた。
「どうだい、アンちゃん。5RM(約150円)出してくれりゃ、
 街中の窓口まで乗せて行って、また此処のBTへ戻って来てやるぜ。」
彼の言っている事がすぐには信じられなかったボクは、交渉の末、
もしもバスチケットが手に入ったなら彼の言う通り5RM支払い、万が一
手に入らなかった場合はビタ一文も支払わないという約束を取り付けた。
「そうと決まったら後ろに乗りな。おっと、このヘルメットを
 被ってくれよ。」____バイクタクシーだったのかっ!!
結果、「クアンタン行き」のバスチケットは街中の窓口で
なんなく手に入り、再びBTに戻って来たボクは、バイクを降りた後、
彼に5RMを支払いながら礼を言った。
「な?本当だったろ?」と、親指を立てながら、わざと気障っぽく
顎を突き出した彼の自慢気な笑顔が印象的だった。

間もなくして「クアンタン行き」の長距離バスが到着。
すぐに出発かと思いきや、エンジントラブルらしく、修理の間、
ボクを含めた乗客は車内にも乗れず外で待たされっぱなし。
ボクの傍では、仲良くなったタクシー運転手たちが
「コンピュータートラブルの次はエンジントラブル。
 もしかしてその次はドライバートラブルかもな。
 たまに居眠り運転してるもんな、ハッハッハッ。」と笑っている。
彼らにつられてボクも笑ったものの、実際乗る方としては
それだけは勘弁して欲しいと本気で願ってしまった。

修理を終えたバスは定刻より1時間遅れでメルシン・BTを出発。
眠い。でも事故が不安で熟睡も出来ない。そんな中途半端な眠りを
数十回繰り返しているうちに、バスは午後4時過ぎに無事クアンタンの
BTに到着した。
たしかチェラティン村行きのローカルバスターミナルは、
此処から少し離れた場所にある。そこまで歩いて再びバスに乗って、
チェラティン村に到着するのがだいたい午後6時。
それから辺りが暗くなる日の入りまでおよそ2時間弱。
重いリュックを背負い、おまけにリール付きの釣り竿まで片手に
提げている状態で、気に入った宿がみつかるまで、
一件一件宿を回るには時間的にかなり無理がある。
かといって、此処クアンタンでのお気に入りのホテルまでは
徒歩で20分ほどかかる。
ひとまずベンチで休憩しようと、バスを降りてすぐに目の前のベンチに
腰をかけ、自分の乗って来たバスをぼんやり見ていた。
すると、バスの前面窓に掲げられていた「クアンタン行き」の札が
「クアラ・トレンガヌ行き」の札に差し替えられている最中。
ひょっとしてこの長距離バスはチェラティン村も通るんじゃないか、
と思い、一応運転手に聞いてみたら、案の定通るし、チェラティン村での
乗り降りも可能だと言う。
しかしボクは此処クアンタンまでのチケットしか買っていない。
かといって、此処から長距離バスで20分ほどのチェラティン村へ
行く為に、此処から4時間もかかるクアラ・トレンガヌまでの
チケットを買うのは何だか割高過ぎる。
ダメもとで「チェラティン村まで幾ら?」と運転手に聞いてみた。
「座席が空いてりゃ、そーだなー、5RM(150円)でいいぜ。」
「座席が空いてりゃ?」
「おぅ。ちょっとそこで待ってな。」
と、運転手はバスを降り、BT2階への階段を上がって行き、
間もなくして再び階段を下りて来た。
「大丈夫だ。乗りな。」
どうやらBT2階にある窓口で座席予約状況を確認して来たようだ。
「2階でチケットを買って来なくていいのか?」とのボクの問いかけに、
「俺に払ってくれりゃいいよ。」と小声で答える運転手。
そうか。コイツの小遣い稼ぎってわけか。
「それとよ。そこの欧米人のオッサンオバサンもどうやら
 チェラティン村に行きたいらしいんだが・・・。」
「?」
「オレは英語得意じゃねぇんだ。アンちゃん、その欧米人に
 1人5RM、2人で10RM貰ってくんねぇか。」
「なんだ、そんな事か。OK。」
ボクは欧米人の老夫婦に運転手の意向を伝え、
2人から10RM(約300円)を受け取り、自分の分も含めた金を
運転手に渡した。

こうして、午後5時前にはチェラティン村のバス停に降り立つ事が
出来たわけだけれども、11年振りのチェラティン村は、
かつて砂利道だった小道も大幅な拡張工事とアスファルト舗装が施され、
その脇にはたくさんのシャレーやレストランが建ち並んでいる。
ボクから「懐かしむ」という楽しみを奪ってゆくのに十分過ぎるほどの
その見知らぬ風景の中、何軒かの宿を回って値段交渉をし、
最終的に「チェラティン・コテージ」に泊まる事にした。

「チェラティン・コテージ」。1泊40RM(約1200円)。
エアコン・テレビ・ホットシャワー付き。
しかしホットシャワーは壊れていて水しか出ない。
けして若いとは言えない肌に水シャワーはかなり辛いのだよ____。