ピースな遺影2

以前もこの日記に書いた自分の母方の祖母。
天然呆けな性格に加え、歩行が困難になった晩年は
本物の呆けも進み、自分たちを大いに困らせ、
そして大いに笑わせてくれた明治生まれの彼女。
「スイカ事件」や「コーヒー事件」(参照:3月6日/ピースな遺影)
の他にも数々の逸話を残してこの世を去った彼女を、
自分たちは今でも『お婆』と呼ぶ。

早くに両親を亡くし奉公に出たお婆は、小学校しか卒業しておらず、
その為、難しい漢字の読み書きは困難で、メモを取る時などは平仮名
とカタカナを用いていた。

満足に漢字も読めないはずのお婆ではあるけれど、新聞だけは毎日
読んでいたのが不思議でならなかった。新聞を読む時、いつも彼女は
畳の上にチョコンと正座をしてから、揃えた両膝の前に新聞をザバッ
と豪快に広げ、次に前屈みになりながら、左手を自身の体の支え棒に
するかのような、そんな土下座のようなポーズをとり、そして、
右手の人差し指で紙面の上の文字をたどりながら読む。
時々は小さい声で読みあげたりもしながら、その時節の事件や事故、
話題などの記事に目を通し、時々はその体勢のまま微動だにもせず、
まるで充電中のロボットのように居眠りもしていた。

 先程も言ったとおり、小学校しか卒業していないお婆。
「果たして本当に全部読んでいるのか?」そんな無礼な質問を、
ある時、新聞を読んでいる最中の彼女にぶつけてみたのだけれど、
「長いこと生きちょったら、
 そら、字ぃくらいは読めらぁよ。」
と、
その紙面から視線を外す事なく、無礼な質問には無礼な返事を、
クソババアよろしく吐き捨てただけで、結局今でもやはり謎は
謎のまま。

けれど、長生きで常用漢字は読めても、やはり書けないらしく、
ある日、大きめのカレンダーの切れ端と、これまた大きめの
マジックを手に、
「ここに"南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)"
 って書いてや。」と、居間でくつろぐ自分に頼みに来た。
何故?お婆に理由を訊ねると__________。

元々"ホトケさん"が普通に見えてしまう体質の彼女。
夜中に、見知らぬオッサンが部屋に入ってきては、
お婆の寝てる傍でブツブツ何かを言っているので、
うっとうしくて熟睡出来ないらしい。
そこで、真言宗の念仏であるその有り難い言葉を
唱えたいのだけれど、寝惚けている頭ではすぐに
念仏が思い出せない為、カレンダーの裏に大きく
書いておいて、フスマに貼っておくのだと言う。
自分は彼女の為に、カレンダーの切れ端の裏一面に、
これでもかというくらい大きく念仏を書いてあげた。

その翌朝。
「お婆、昨夜はどーやった?オンチャンは?」
「また来たよ。毎晩毎晩他人の家に黙って上がり込んで、
 ほんま腹が立つちや。」
「念仏書いちゃったやろ?あれだけ大きな字ぃやったら、
 なんぼアンタでも読めたやろ?上手ぉいったかえ?」

「いくもんか。なんぼ字が大きかったち(大きくても)、
 部屋が暗ぉ〜て読めんっ!」

__________________ごもっとも。

実はお婆の菩提寺は真言宗ではなく浄土真宗。
彼女の死後すぐに判明し、家族は泣く暇もなく大笑い。
最後の最後まで、笑いを残して逝ったのだけれど、
その事に関しての話はまた後日にでも。

ともかく、今日はそんなお婆の命日である。

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