静寂とエピローグ

トイレまで自力で行く事が出来ないのに、それでも懸命に行こうとし、結局は間に合わず、ベッドの傍らで尿瓶を自分の股間にあて、うなり声をあげながら用を足す。
誰よりも美意識の高い彼の性格からして、そんな姿を誰にも見られたくないだろうから、ボクはボクでそっと引いたカーテンのこちら側で、その唸り声がおさまるのをひたすら待つ。そして、彼がパジャマのズボンをゆっくりとあげる、布がこすれる音がし終わる頃にカーテン越しに声をかけ、彼が再びベッドに横たわる手助けをする。
体を横にして大きく息を吐く彼の下半身の最後まで上がりきっていないズボンと紙おむつがボクを悲しくさせるけれど、ボクがあげようとすると、きっと彼は厭がるに違いないので、それは後からでも看護師さんにやってもらう事にして、わざと見ないフリをしながら、横たわった彼の体にそっと布団をかける。

尿瓶の中身をトイレに捨てた後、彼が床の所々にこぼした小便を拭くボクの頭の上で、彼の弱々しい呻き声はやがて寝息に変わる。
ボクはボクで用事を済ませ、再び椅子に腰掛け、日毎土色に近づいてゆく痩せ痩けた彼の寝顔や、時折ピクンと動くシワシワになってしまった彼の指先や、その腕から伸びる2本の点滴のチューブ、1本は、食事が摂れなくなった彼の為の栄養剤と、もう1本は痛みを和らげる為のモルヒネが吊されたスタンドを、彼が再び眼を覚ますまでただただ眺めている夕暮れ時____。