アオイ ジテンシャ

「アオイ ジテンシャ ホシイノ、アオイ・・・」

補助輪無し・ペダル無しの幼児用自転車、いわゆる『ストライダー』なる乗り物に跨がり、公園の周遊路を走り回る2〜3歳ぐらいの我が子のすぐ後ろを走りながらついて行く親の姿に自身を重ね、「若いから出来る。俺やったら死ぬ。死なんまでも心筋梗塞とか脳卒中のリスクが跳ね上がるだけぢゃ。」と、まだ痛みの残る右足首付近を眺める公園のベンチ。

そんなボクの健康問題までくみ取れるはずもない我が娘(2歳3ヶ月)は、最近ずっと、遊びの途中に、ご飯の最中に、お風呂で髪の毛が泡だらけの時に、思い出したかのように文頭の言葉をボクに投げかけてきて、つい先日の休日の午後も、昼寝に入った寝室のベッドの上、添い寝をしているボクの脇の下辺りに顔を埋めながら、「アオイ ジテンシャガ イイノ・・・」と、たどたどしい口調で言ってきた。

「歯磨き毎日出来る? イヤイヤ言わない?」
「デキル・・・」
「本当に?」
「ホントウニ・・・」
「ご飯も全部食べられる?」
「タベラデル・・・」
「本当に?」
「ホントウニ・・・」
「約束出来る?」
「ヤクソク? デキル・・・」

ベッドの上で若い愛人がパパに欲しい物をねだる情事の後の夜伽話。愛人の言う「本当」や「約束」の成分のほとんどは「嘘」で出来ているのと同じく、娘の言う「ホントウ」も「ヤクソク」も父親を誘導する単なる音でしかないのは解っている。解っているのだけれど。
「じゃあお昼寝したら、まずヘルメットを買いに行こう。」

という事で、昼寝の後、緊急事態宣下で外出自粛のお願いが出されているにもかかわらず、街まで娘のヘルメットとプロテクターを買いに行ったのだけれど、行きはタクシー帰りは電車という「乗り物」に夢中で、青い自転車の事などすっかり忘れ「デンシャ♪ デンシャ♪」とはしゃぐ娘の手を引いて地下鉄の階段を降りてゆく日曜日。

そして今日、節分の日(毎年2月3日が今年は2月2日)に、後々ペダルも付けられる青色の「変身バイク」が届いた。豆まきに自転車。保育園から帰ってきた娘にとっては楽しいコンテンツが盛り沢山なのだろうけれど、もう若くない自分にとっては、こなさねばならない"項目"があり過ぎて、長いため息しか出ない2月の始まり____。