あんたがたどこさの歌に乗せて

新宿2丁目・姫(1968~2011)の開店当時からの常連で、ボクのライブにも仲間を連れて足繁く通ってくれた元出版社のSさんが、新型コロナ肺炎に罹り還らぬ人となってしまった連絡を受けて数日が経つ今も未だに何処か彼が亡くなった事を信じられない自分がいる。

熊本の高校球児だった彼。固くて太い一本の筋を身体の芯に持ちながら、人を包み込むような優しい笑顔と低い声から放つユーモアセンスで、ボクを含め周りの誰もに心地良い風を感じさせてくれ、別れ際にはいつも、年長者の彼から求める握手に恥ずかしそうに差し出したこちらの手を、やっぱり優しく包み込むように握ってくれる彼。

姫のマスターでもある故・柏木和美さんを偲ぶ会の発起人代表として、会場の手配を始めあらゆる雑務に尽力して頂き、本番当日も会場の片隅で盃を傾けながらも黒子に徹する彼に冗談交じりで「Sさんの時もこんな盛大な感じでやりましょーか?」と軽口を叩くボクに対し、「俺はいいよ。そっと、ホント静かに、そっとがいいよ。」と、やっぱり優しい笑顔で返してくれたSさん。

そっと過ぎますよSさん。誰からも好かれていたアナタには似合わない去り際ですよ。
思い出話も含めてまだまだアナタと話したかった事や過ごしたかった時間がこちらにはまだまだあったのに、昨年春に亡くなった同じ出版社で長年校閲業務に携わっていたS氏を偲ぶ会をこのコロナ渦が落ち着いたら仲間内だけでもやろうって話も、毎年、桜の咲く頃に気心知れた仲間たちで集まり桜の花が咲く神田川沿いをお喋りしながら高田馬場の呑み屋まで歩く会をいつか再開させようという話も、全部アナタが言い出した事なのに。
悔しくて寂しくて仕方がないけれど、誰を恨んでいいのかも解らないこんな状況では、アナタに愚痴るしかないのですよSさん。

芯の強さに独特の色気を纏ったSさん。
今頃、マスターと飲み仲間のS氏と何処かの桜の木の下で気の早い宴会を開いているかもしれない、と見上げる空の片隅に咲く早咲きの河津桜____。