オネェと御札

先月末、丁度病気をして一週間ほど寝込んだ後、下腹部の激痛により歩くのも困難だった状況を脱し、痛み止めを飲みながらではあるのだけれど、なんとか周囲の人に怪しまれず警察官にも職質を受けない程度の姿勢で歩け始めた頃のお話___。

開店したばかりで他の客の影も少ない午前中の某高級家具店内を煌々と照らす照明に、ついついしかめっ面になりがちな病後間もないボクの隣には、少し内股で歩くスーツ姿の男性70歳。4年前に亡くなった新宿2丁目のオカマスター故・柏木和美氏の親友でもあり、普段は四国の高松市のそばに住んでいるその彼こそ、此処でも過去にチラホラと書かれる(『無知な善意のテロリスト』『花より団子』『役立たずの案内役』『画に教えられるコト』他)、バカマツの宮様その人であらせられる! 頭が高い! ハハー。

そのバカマツの宮様が、この度、四国の大邸宅をお残しになったまま東京へのお引っ越しをなされるのに伴い、お一人では何も出来ない、買い物にでも行こうものなら、販売員の口車に乗せられ必要以上の品物をバカ高い値段で買わされてしまう事もしばしばあり、要するに少々お知恵の足らぬ御方であらせられる為、仲間内で一番暇な自分が『引っ越し侍従長』に任命されたのだよ。

「東京は仮住まいだから家具とかは安物でいいの。ホンットに安いので。」
御上京前に電話口でそうおっしゃっられていたバカマツの宮様は今、若い男性店員の説明を高級ベッドで有名なシモ○ズベッドの上で横になられてお聞きになっている。おまけに17万円もする羽毛布団まで掛けられ、お顔には満面の笑みを浮かべていらっしゃられる。他人を疑う事を知らぬ汚れなき子供の笑みだ。要するに馬鹿なのだ残念な事に。

「あっち(四国)もシモ○ズだしこれにしようかしら。」
高級羽毛布団を掛けられ未だその高級ベッドから起き上がろうともしない彼のこれ見よがしの金持ち自慢を「なんだったらこのまま顔にハンカチでも掛けてやろーか? 高級シルクの。」と受け流し、若い男性店員に「これと同等もしくはそれ以上の機能でもっとお手頃な値段のベッドはあるんですか?」とボクが問うと、あるぢゃーないか。シモ○ズから独立された方が立ち上げたメーカーで、シモ○ズに比べ知名度こそ劣れど技術は折り紙付きだというその展示用ベッドの試用を促され、高級ベッドから剥がされたせいで入店10分にして早くも機嫌を損ねる短気なバカマツの宮様が、「人生の三分の一は眠りなのよ。良い物を買わなきゃ駄目なの。大丈夫なの? それ。」と、古いTVCMの中の王貞治氏の名言をオネェ言葉で台無しにしてみせながら渋々そのベッドに横になった次の瞬間、「あら良いじゃない。うん、これが良いわこれにする。安いし。」
安くはないよ、そりゃーアンタが最初に寝てたベッドより手頃だけれども。

その後、若い男性店員に勧められるがままにサイドテーブルにベッドシーツに枕にピローケースにと、背後で注意をするボクをよそに次々に寝具類を買われてゆく彼と会計のテーブルに着き、それぞれの商品代金と合計金額の書かれた会計書類にサインを済ませ、若い男性店員がクレジットカードとその会計書類を持って手続きを済ませに店の奥へと姿を消してすぐに、バカマツの宮様がこんな事をおっしゃられる。

「ねぇツカサ。ベッドそんなに高くなかったよね? なのになんであんな値段になっちゃったのかしら?」

「そりゃあこんな高級店でサイドボードはまだしも、シーツや枕やピローケースまで買っちゃったからじゃないの? しかも店員に言われるがまま2枚ずつ。ベッド以外は他で探せば安いのいくらでもあるって言ったぢゃんかオレ。」

「いつ言った?」

「ベッド選び終わった頃からずっと。何度も。」

「ボク聞こえなかったよ。聞こえるように言ってよ。」

「あら、ツンボ? ツンボになっちゃったの?」

「・・・ねぇ・・・、今からキャンセル出来るかしら?」


家具店を出た後の家電量販店では、ボクらの接客対応をする店員を相手に、当の店員からすればノルマ達成でクソ忙しい決算前のこの時期に、屁の役にも立ちゃしない身の上話を長々と打ち明けになられたり、1度カウンターに持って行った商品の説明をお聞きになっている間に、多分ちんぷんかんぷん過ぎてワケが解らなくなったのだろう、「わかんない!! もう要らない!! 帰る!!」と耳から蒸気を発するかの如く突然お怒りになられたり、休憩で入った喫茶店の階段の手摺りを持とうとして手摺りの先にスーツの袖を引っ掛けて、まるで罠にかかったイノシシのように藻掻いたりと、朝から日暮れまでずっと、70歳をお迎えになった割には、それはそれはお忙しいというか、落ち着きの無いご様子であらせられた。

そんなご乱心を目にする度に、ボクの口からは、彼の親友である故・和美さんが彼をたしなめる時によく言っていたその言葉が、午前中の家具店での会計テーブルの席、家電量販店、喫茶店、そして東京の街の雑踏の中で、オネェ口調のリズムよろしく、ボクからすれば人生の大先輩である彼の額に御札のごとくペタンと貼り付けられてゆく。
「アンタ馬鹿ぢゃないのっ!?」________。

日記